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革靴業界の現状

高級靴人口の増加を妨げるもの

私は、 靴を愛する者全員で、高級靴人口を増やし、高級靴市場を成長させたい。将来に渡って、誰もが宝物だと思える靴と出会える世界を築きたいのだ。

高級靴人口の増加を妨げる要因として、多くの者は、例えばビジネスシーンのカジュアル化を挙げる。

この主張には一理ある。しかし、高級時計市場に対する新製品登場(クォーツや携帯電話、スマートウォッチの登場)と比較すると、この要因のインパクトは弱い。

どの市場においても、事業者はペルソナ(典型的な消費者像を意味するマーケティング用語)に向けて、企画生産・広告宣伝を行う。高級靴市場では、80年代以降の英国靴ブランドの活動によって、ペルソナが明瞭化した。ペルソナの明瞭化を起因として、革靴業界には、次節で述べる構造が成立した。

この構造ゆえ、高級靴市場の人口は内的要因によっては変動せず、ほぼ外的要因のみによって変動する。そして、外的要因のインパクトを余さず受ける。負の外的要因(ビジネスシーンのカジュアル化、少子高齢化等)があれば、そのインパクトが弱くても、市場の人口が減少する。

すなわち、高級靴人口の増加を妨げるものは、業界の構造である。

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革靴業界の構造と、その確立の経緯

80年代、革靴業界にも大量生産の波が押し寄せた。これに対して、英国靴ブランドは、大量生産によって失われた "古き良きもの" を訴求した。バブル期、日本では、派手なブランド品が人気だった。彼らは、そこへ大々的に参入してきたが、ロゴやエンブレムを誇張せず、品質を訴求した。

世界市場、日本市場、いずれにおいても、彼らはアンチテーゼを示した。多数派ではなく、多数派を疑う少数派をターゲットにした。例えば、ディスコで踊る者ではなく、オーセンティックなバーで静かにウィスキーを嗜む者をターゲットにした。彼らは、後者が好みそうなものを企画生産し、後者に刺さりそうな言葉で広告宣伝した。

当初、彼らはターゲットを絞っていた。それなら、販売数の伸びが鈍化すれば、ターゲットを拡大するのがオーソドックスな戦略だ。しかし、彼らはこの戦略を取らず、ターゲットを固定した。

ここでのターゲット拡大とは、少数派と相対する多数派(当初のターゲットと相対する層)をも視野に入れることだ。すると、ターゲット拡大に伴って、以前とは全く異なる企画生産・広告宣伝を行うことになる。

だが、前章で述べた通り、この業界には「現状維持を望む心」が優勢な人々が多い。英国靴ブランドは、その心がブレーキになって、方向転換できなかった。ターゲットを固定し、以前と同じような企画生産・広告宣伝を続けた。そして、販売数を伸ばすのではなく、単価を上げる戦略を取った。

単価を上げると、購買のハードルが上がる。消費者に対し、ブランドが作るものや発信するものに関して、より強い共感を持たせることが必要になる。単価を上げ続けると、ブランドと消費者の共感度が高まり、したがって、消費者同士の共感度も高まっていく。

すなわち、同じような企画生産・広告宣伝を続けることで、似通った消費者が集まってくるが、それと同時に単価を上げ続けることで、もっと似通った消費者が集まってくるのだ。そして、彼らに特有の考え方や感性を、より容易に、より明確に捉えられるようになっていく。すなわち、ペルソナが明瞭化していく。

80年代以降、英国靴ブランドは以上のプロセスを踏み、彼らの市場ではペルソナが明瞭化していった。彼らが高級靴市場を牽引するようになると、そのペルソナが高級靴市場全体のペルソナになった。

ペルソナが明瞭であれば、ペルソナから導かれる企画生産・広告宣伝のセオリー(高級靴はこうあるべき、高級靴はこう売るべき、ということ)が明瞭である。セオリーが明瞭であれば、誰もが迷わずに、そのセオリーを実行する。

したがって、高級靴市場では、あらゆるブランドが、同じような企画生産・広告宣伝を行った。例えば、あらゆるブランドが、グッドイヤーウェルトを採用し、グッドイヤーウェルトの利点を訴求した。

他業界では、みんなが同じことをやれば、誰かが抜け駆けする。だが、この業界では、やはり「現状維持を望む心」がブレーキになり、ブランドが新しい企画生産・広告宣伝に踏み出せない。仮に踏み出せたとしても、他ブランドの運営者や履き手によって拒絶される。人々が現状維持を望みながら、自身の靴(自分が制作している靴、自分が流通させている靴、自分が履いている靴)の地位を守ろうとするなら、新たに出る杭は打たれるのだ。結局、ブランドは同じような企画生産・広告宣伝を続けることになる。

90年代、革靴業界では以上の構造が成立した。現在もそれが続いている。

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この構造ゆえ...

みんなが同じような企画生産・広告宣伝を続けると、その企画生産・広告宣伝でキャッチできる人だけが、市場に出入りする。

例えばバイオリン人口が大きく変動しないのと同じように、高級靴らしい企画生産・広告宣伝に惹かれる人口は大きく変動しない。したがって、みんなが同じような企画生産・広告宣伝を続けることにより、高級靴市場の人口は上下しなくなる。

すなわち、この市場の人口は、内的要因によっては変動しない。ほぼ外的要因のみによって変動する。例えば、ビジネスシーンのカジュアル化、少子高齢化等、負の外的要因があれば、入ってくる人数よりも、出ていく人数が多くなり、市場の人口は減少する。

高級時計市場は、大きな負の外的要因(例えば、クォーツや携帯電話、スマートウォッチの登場)に繰り返し直面してきた。だが、時計業界は、あれやこれやと手を打って、そのインパクトを打ち消した。

その一方、革靴業界は、あれやこれやと手を打てず(新しい企画生産・広告宣伝を行えず)負の外的要因のインパクトを打ち消さない。

業界の構造ゆえ、高級靴市場の人口は増加しにくい。また、業界の構造ゆえ、負の外的要因があれば、そのインパクトを余さず受け(打ち消さずに受け) 高級靴市場の人口は減少するのだ。

そして、この構造のアウトプットが「日本の革靴購入者のうち、5万円以上の靴を買う人は約5%」という数字である。

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革靴ブランドの努力

誤解を防ぐために強調しておきたいのだが、私は、革靴ブランドが努力を怠っていると言いたいのではない。むしろ、彼らは、たゆまぬ努力をしている。

業界の外の人々(高級靴市場のペルソナに合致しない人々、高級靴に惹かれない人々)にとっては、90年代から高級靴は変化していない。フォルムが多少変わった程度だ。また、高級靴の印象も変化していない。広告宣伝の文言(例えば「いかに工数が必要な製品か」「いかに長い歴史があるブランドか」という文言)が定型化しているからだ。業界の外の人々にとって、高級靴は、例えばバイオリンや盆栽に並ぶ、熟れた趣味である。

確かに、革靴ブランドは、苺農家が苺シェークや苺大福を作ったり、苺をAmazonに出品するような方向転換はしていない。だが、既存の苺を品種改良したり、既存の苺にブランド名をつけるような、現状路線での努力は欠いていない。

この市場では、常に定番品ばかりがプッシュされるため、その影に隠れているものの、定番品をアレンジした製品も企画生産している。定番品に対しても、新たにブランド価値を付与することで、総価値を高めている。それに伴って定番品の価格が上がれば、他のブランド達が、高品質なジェネリックシューズを生み出す。こういった奮闘のおかげで、われわれ業界の内の人々は、ずっと楽しめている。

ある人は「変わらないこと」にロマンを感じるだろう。時に何かを維持することは難しいが、革靴ブランドがそれを実現することで、そんな人も満たされている。

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