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文化移植の壁

移植の課題

私は、世界がもっと良い場所になるために、全ての人が宝物だと思える靴を履いて欲しいと願っている。だが、品質を第一に重要視して靴を選ぶ人が、宝物だと思える靴を手にするのは難しくなっている。

同志全員で「票を投じる」ことによって、今ある宝物を守ることは可能かもしれない。しかし、やがてそれも消える。宝物を生み出し続けることが必要である。

前章で述べた通り、東欧靴圏には、品質第一主義の靴店、品質第一主義の文化、宝物がある世界が残っている。では、それを日本やその他の地域にそのまま移植するのはどうか。結論から言えば、その考えは安直だ。

現代では、大半の人々が世間からの評価およびイメージが良いアイテム(人気アイテム)に集中し、人気アイテムを頂点としたピラミッドが形成される。そして、流行が強く、長く続くほど、そのピラミッドは巨大化していく。だが、流行が終わればピラミッドは崩壊し、また新しいピラミッドが形成され、巨大化していく。 2章2節『宝物の消失』 3章3節『品質の乖離』

メインストリームがこうしたピラミッドの構築と破壊で活気づいているところへ、品質第一主義の文化を単純に移植しても、極少数の履き手しか集まらず、したがって作り手も極少数しか集まらない。そして、作り手は、極少数の履き手に依存し、少しでも履き手が減少すれば、撤退か妥協(一部の東欧靴ブランドが脱・品質依存を進めるように)を余儀なくされる。また、売れる数が少ないため、ありきたりな企画しか実行できず(例えば、黒のキャップトゥ、プレーントゥといった売れ筋のモデルしか発表できない)挑戦的な企画を実行できない。つまり、この文化を単純に移植するだけでは、その存続も発展も見込めないのだ。

すなわち、メインストリームから文化圏へ新規者を継続的に呼び込む必要がある。メインストリームに割り込む必要があるのだ。では、いかにしてそれが可能か。

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メインストリームにおけるセオリー

消費者は、何かを買う際に予算を立てる。その予算は、メーカー(ここではファクトリーブランドを想定している)にとっての販売価格の上限、ひいては総原価予算(靴を作るために使えるお金)の上限を規定する。したがって、製造原価を上げるなら販管費を下げ、販管費を上げるなら製造原価を下げることになる。そして、製造原価の多寡は品質に直接的に影響し、販管費の多寡は世間からの評価およびイメージに直接的に影響する。すなわち、品質向上と世間からの評価およびイメージ向上の間にはトレードオフの関係があると言える。

メーカーのリソースはお金だけではなく、人材、情報、時間、知的財産等もある。それらを品質向上ばかりに充てれば、世間からの評価およびイメージ向上が疎かになり、世間からの評価およびイメージ向上ばかりに充てれば品質向上が疎かになる。お金のみならず、様々なリソースの使用や適用に限界があるために、このトレードオフの関係が生まれる。

品質を上げれば、世間からの評価およびイメージが良くなることもある。それでもやはり、上記のトレードオフの関係は否定されない。

リソースを品質向上に充てた場合、それを個人が五感で認識し、SNS等で発信し、拡散されれば、世間からの評価およびイメージが良くなる。対して、リソースを広告宣伝に充てると、直接的に世間からの評価およびイメージが良くなる。

リソースを品質向上に充てる意思決定では、個人による五感での認識、発信、拡散という中間プロセスを挟む分だけ、非効率(世間からの評価およびイメージ向上の観点で非効率)である。同じリソースを広告宣伝に充てる意思決定と、効率性において差があり、それは機会損失を生む。リソースを品質向上に充てるよりも、もっと効率よく世間からの評価およびイメージを良くする方法があり、後者の方法を選択しない分だけ損失があるのだ。

すなわち、品質を高めれば、世間からの評価およびイメージを良くする機会を一部放棄していると言える。やはり、品質向上と世間からの評価およびイメージ向上の間にはトレードオフの関係がある。

反対に、リソースを広告宣伝に充てる意思決定をし、世間からの評価およびイメージを良くすれば、品質を高める機会を一部放棄していると言える。東欧靴圏に残る品質第一主義の靴店は、これを避けるべく、ほとんど広告宣伝活動を行わない。

ただし、品質が「この価格だったら、この程度の品質だろう」という世間からの期待水準を大きく下回るケースでは、世間からの評価およびイメージが急激に悪化する。例えば、悪い口コミが拡散されるのだ。裏を返せば、このケースにおいては、品質向上によって、急激に(非常に効率的に、したがって、ほとんど機会損失を生むことなく)世間からの評価およびイメージを向上させることができる。つまり、このケースに限っては、品質向上と世間からの評価およびイメージ向上の間にトレードオフの関係がない。

以上より、品質が期待水準を大きく下回るケースを除き、品質向上と世間からの評価およびイメージ向上の間にはトレードオフの関係があると結論づけられる。

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現代では、大半の消費者が世間からの評価およびイメージを重視する。それに対応して、事業者もそれを重視せざるを得ない。したがって事業者は、上記のトレードオフの関係に対して、品質向上へのリソース投入を弱め、世間からの評価およびイメージ向上へのリソース投入を強めざるを得ない。 3章2節『現代における事業者』

つまり、品質をほどほど(期待水準付近)に抑えつつ、可能な限り多くのリソースを世間からの評価およびイメージ向上に充てることが必須であり、これがセオリーになる。セオリー実行の目標は、人気アイテムのピラミッドの一角を獲ることである。

3章で紹介した通り、私が知る複数のメーカー(ファクトリーブランド)は、継続的に製造原価率を下げ、販管費率を上げていた。同様のメーカーも多いはずだ。それを示すように、様々な高級靴ブランドについて、品質が下がっているという声がある一方で、ブランドの認知度は高まっている。彼らは、メインストリームにおけるセオリーに則っているのだ。

セオリーに則り、メインストリームへ

本章1節で述べた通り、品質第一主義の文化を移植し、存続・発展させるためには、メインストリームから文化圏へ新規者を継続的に呼び込む必要がある。メインストリームに割り込む必要がある。

皮革および革靴生産において、高品質を徹底的に追求すれば、次の各プロセスをより細かく認識し、それぞれのセグメントで、より高いレベルを目指すことになる。原皮生産においては、気候、食糧、子牛へのストレス、年齢、保存方法など。革製造においては、設備の能力、薬剤、各工程の作業時間、各工程の技術など。革靴生産においては、ラスト、パターン、各工程の技術など。

また、世間からの評価およびイメージ向上の施策には、以下のようなものがある。旗艦店運営、各種メディアでの広告宣伝、力のある代理店へのインセンティブ投入、雑誌やインフルエンサーへの案件振り、レビューの依頼など。

一般的な消費者にとって、高級靴を買う際の予算は数十万円が限度だ。そして、これが総原価予算(靴を作るために使えるお金)の上限を規定する。品質第一主義を貫き、高品質を徹底的に追求すれば、それだけで総原価予算は上限に達する。 世間からの評価およびイメージ向上の施策を打つ余裕は残らない。

前節で述べたセオリーに則れば、この状態から品質を下げることで余裕を作り、世間からの評価およびイメージ向上の施策を打つことになる。そうすれば、メインストリームから新規者を継続的に呼び込み、メインストリームに割り込める。

だが、言うまでもなく、品質第一主義の文化を存続・発展させるために品質を下げるのは本末転倒だ。品質を下げれば、この文化は他の高級靴文化との差異を失う。やがてはそこに併合されるだろう。すなわち、存続・発展を目指してメインストリームのセオリーに則っても、いずれは消滅するのだ。

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