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品質第一主義の文化

東欧靴ブランド

今日、高級靴と呼ばれているものは、バブル期に日本で一般化した。その契機は、大手セレクトショップによる英国靴のプッシュである。当時は今以上に流通業者とメディアの関係が密であり、雑誌等も一体になって英国靴をプッシュした。日本の消費者に対して「高級靴と言えば、英国靴である」と印象づけたのである。大半の者が高級靴というものをよく知らない状態だったため、その効果は強力だった。効果は何十年と続き、現在でも日本では英国靴が人気である。

だが、最近になって、別の勢力が注目され始めた。それは東欧靴である。ご存知の通り、英国靴は値上がりを続ける一方で、旧工場で作られた製品や旧ロゴの製品の方が品質が高い(つまり、品質が下がっている)という声が上がっている。これを受け、英国靴に代わるものとして、東欧靴が注目され始めたのだ。このムーブメントは、まずアメリカで起こったが、やがて日本にも波及した。

【補足】東欧靴とは、そのルーツが、ドイツ、オーストリア、ハンガリー周辺地域にある靴である。地理上の分類で「東欧」とされる地域で生産される靴のことではない。なお、本書では、ドイツ、オーストリア、ハンガリー周辺地域を東欧靴圏と呼ぶ。

バブル期以前にも似た事象があった。80年代、アメリカ靴が衰退したとされた頃、それに代わるものが求められた。この覇権争いにおいて、英国靴は、東欧靴やイタリア靴、フランス靴を抑えて勝利した。この勝利が、バブル期に日本でプッシュされることに繋がり、したがって現在の日本での人気に繋がっている。

ここでの英国靴の勝因は、製品の品質ではなく、流通と広告宣伝にあると言われている。そして、製品の品質では東欧靴が最高だったと言われている。つまり東欧靴の敗因も、流通と広告宣伝にあるのだ。

当時の消費者は品質を第一に重要視していた。仮にも、適切な流通・広告戦略によって、東欧靴圏外の消費者にも製品を見せられたなら、東欧靴が勝利しただろう。

【補足】もちろん、英国靴が東欧靴に劣るということではない。 英国の高級靴はドレスを極めており、フォーマルなコンテクスト(コーディネート、場所の雰囲気)との相性の良さにおいては、最も優れている。

関連記事『英国の靴観・東欧の靴観』

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しかしながら、東欧靴ブランドは、80年代から最近まで一貫して流通と広告宣伝に注力してこなかった。そのため、東欧靴圏外では一部の消費者にしか製品を見せられず、東欧靴は世界的な人気を得られていない。

何十年にも渡って、製品の品質においては、東欧靴が最高と言われてきた。にもかかわらず、世界的な人気を得られないことを歯痒く思う人は多いだろう。だが、東欧靴の高品質は、流通と広告宣伝に注力せず、ただただ良いものを作ることだけに注力する "選択と集中" の賜物なのだ。すなわち、世界的な人気を目指せば、品質面での最高峰の座を失いかねない。

有名ブランドが食べログで高評価を得ている店だとしたら、東欧靴ブランドというのは、知る人ぞ知る辺境の名店である。辺境で、味の追求だけに集中しているのだ。

東欧靴圏の消費者

かつてドイツのマイスター制度は非常に厳しく、職人志望者は険しい道のりを経て職人資格を得た。そのため、ドイツおよびその周辺諸国には、職人へのリスペクトがある。日本では、受験戦争を勝ち抜き、さらに厳しい試験をクリアした者が医師や弁護士の資格を得て、人々からリスペクトされる。それと同様である。

職人へのリスペクトは、職人の技術への憧れに繋がり、その技術が存分に発揮された工芸品への欲求に繋がる。日本の消費者の一部は、ステータス品や人気アイテムとして高級靴を求める。だが、東欧靴圏の消費者の多くは、工芸品として高級靴を求める。

そんな消費者に対応すべく、東欧靴ブランドは品質だけに注力してきた。

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東欧靴ブランドの変化

3章で、以下のような解説をした。

現代では、大半の消費者が世間からの評価およびイメージを重視し、それに対応して、事業者もそれを重視せざるを得ない。そして、世間からの評価およびイメージを良くするための一手段として品質を扱わざるを得ない。これは高級靴市場にも当てはまり、私が知る複数のメーカー(ファクトリーブランド)は、総原価に占める製造原価の比率を下げ、販管費の比率を上げており、品質を犠牲にして、僅かな傷や僅かな左右差をなくすことを優先している。

その一方、東欧靴圏では、消費者が品質を重視し(職人の技術が存分に発揮された工芸品として高級靴を求め)それに対応して、東欧靴ブランドは品質だけに注力している。こんな東欧靴圏の高級靴市場は、世界の高級靴市場に対して、例外的である。

だが、この状況は変化しつつある。東欧靴圏の高級靴市場が、世界の高級靴市場に近似しつつあるのだ。一部の東欧靴ブランドは、品質だけに注力することをやめ、流通と広告宣伝に注力している。

ドイツにおける職人志望者数は、1990年に大学進学者数を下回り、それ以降減少し続けている。それに伴って、マイスター制度は緩くなり、職人資格を得るまでの道のりが楽になった。人々は、職人へのリスペクト、職人の技術への憧れ、工芸品への欲求を失いつつある。それでいて、他の地域の人々と同様、世間からの評価およびイメージを重視するようになってきた。

以前は、東欧靴圏の狭い地域で、品質だけを求める消費者と、それに対応して品質だけに注力するブランドで、閉じたコミュニティを築いていた。だが、そこから少しずつ消費者が抜けていく。多額の売上を必要とする大手ブランドは、東欧靴圏外からも新規の顧客を得なければならない。そのため、品質だけに注力することをやめ、流通や広告宣伝に注力せざるを得なくなった。生産拠点や設備を縮小しつつ、海外で新たな代理店契約を結んだり、旗艦店を増やしている。(脱・品質依存)

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宝物がある世界

しかしながら、東欧靴圏の高級靴市場には、マイスター制度が厳しかった時代に育ち、職人へのリスペクト、職人の技術への憧れ、工芸品への欲求を持ち続ける履き手が残っている。そして、彼らに品質で応えられる真のマイスターが残っている。

彼らは "知る人ぞ知る辺境の名店" のみならず、品質を第一に求め、品質で応える品質第一主義の文化をも守っていると言えよう。2020年からのパンデミックの影響で、一部の東欧靴ブランドによる脱・品質依存はさらに活発化しているが、それとの対比で、品質第一主義の文化の意義は一層深まっている。

彼らの文化圏、彼らの世界は小さい。だが、それは「これこそが、本当に求めていたものだ」と思えるような宝物を手に取れる世界であり、素晴らしい世界だ。

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