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コスト制限撤廃と最小規模運営

ギルド系アトリエの利益

ギルド系アトリエの費用関数が、以下の通りだとする。

月間の総費用(TC) = 150,000X (VC) + 5,000,000 (FC) 年間の総費用(TC) = 150,000X (VC) + 60,000,000 (FC)

※ この費用関数は、実在するアトリエの実態を反映したものではなく、あくまでも例である。

また、作ったものは全て期間内に売れると仮定し(生産数=販売数)1足あたりの売価をPとすると。

月間の利益 = PX - 150,000X(VC) - 5,000,000(FC) 年間の利益 = PX - 150,000X(VC) - 60,000,000(FC)

この利益は、オーナーに帰属する。オーナーは、ギルドを開業するにあたって、マシン等の設備を購入し、タンナーを買収し、職人を雇用している。これらの投資に対する見返りとして、上記の式で計算される利益を得るのだ。

私は、欧州の様々な靴メーカーやブランドに対して、出資やコンサルティングを行ってきた。そして、その活動は、仕事ではなく、趣味であると宣言してきた。この宣言の意味するところは、見返りを一切求めないということだ。すなわち、私の出資先では、上記の式で計算される利益がゼロになるように売価Pを決定していた。

※ もちろん、私が実業家として(すなわち、仕事として)ホテルやレストラン等に出資する時は、適正な利益を求める。だが、履き手として(すなわち、趣味として)靴メーカーやブランドに出資する時には、利益を求めない。

ギルド系アトリエのオーナーも、同様のスタンスを取っている。

彼らは金銭を得るためにギルドへ投資しているのではない。(金銭を目的とするなら、他にもっと良い投資先がいくらでもある。)8章4節で述べた通り、彼らは「真に最高品質の靴」という夢を実現するために投資しているのだ。 8章4節『所有と制作の分離』

すなわち、彼らは、仕事での稼ぎを趣味に投じているに過ぎない。人々がクルマや時計を買って維持するように、彼らはギルドを運営しているのだ。

したがって、彼らは投資に対する見返りを求めず、多くのギルド系アトリエでは、利益がゼロになる。

※「利益がゼロ」と聞けば、誰かが苦しむと考えるかもしれない。だが、ギルドで働く人々、プライベートタンナーで働く人々には、十分な賃金が与えられており、その額が靴の製造原価に含まれている。そのため、誰かが苦しむことはない。

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もしも、コーヒーを買う人が20人なら?

ここで9章2節に登場したコーヒー販売の例に戻る。コーヒーの売価が120円、1杯あたりの可変費用が20円、月間の固定費用(エスプレッソマシンのレンタル料)が60,000円、今月の販売数がXの場合。 9章2節『会計知識の補足』

今月の利益 = 120X ー 20X(VC) - 60,000円(FC)

利益が0になるのは、販売量X=600の時である。

もしも、以下のような状況であれば...

  • 毎朝コーヒーを買う人が20人しかいない。30日×20人で、毎月の販売数が600。
  • その20人は、自分達以外、誰もコーヒーを買わないことを知っている。つまり、毎月の販売数が600だと知っている。
  • その20人は、毎月の販売数が600の時に、コンビニの利益がちょうどゼロになることを知っている。

この状況において、彼ら20人はどんなことを考えるだろうか?

月の利益が0になる時...

120 × 600 (今月の売上高) = 20 × 600(VC) + 60,000(FC)(今月の費用) 120(1人が毎朝支払う額)= 20 + 60,000(FC)/ 600

彼らは、毎朝120円を支払う。その内の20円は、容器、氷、豆の代金だ。そして残りの100円は、エスプレッソマシンの利用料である。すると彼らは、次のように考えられる。

コンビニのオーナーに、エスプレッソマシンの月額レンタル料60,000円を建て替えてもらう。そして、自分達20人は、共同でエスプレッソマシンを利用し、その利用料として、毎朝100円ずつオーナーに返済していく。同時に、20円で容器・氷・豆を買う。

現実には、コンビニに来る客は不特定多数であり、彼らは毎月何杯のコーヒーが売れているかを知らず、コンビニの費用関数も知らない。したがって、代金を支払う時に、容器・氷・豆を買って、エスプレッソマシンの利用料を返済している感覚は持たない。

だが、ギルド系アトリエでは、この "もしも" が起きている。

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ギルド系アトリエの顧客とオーナー

本章1節で挙げた式に戻る。 10章1節『ギルド系アトリエの利益』

月間の総費用(TC) = 150,000X (VC) + 5,000,000 (FC) 年間の総費用(TC) = 150,000X (VC) + 60,000,000 (FC)

VC:材料費(プライベートタンナーから仕入れるレザー等) FC:職人の労務費(年俸)マシンの減価償却費、工房の減価償却費または賃料、少額の機械・工具類にかかるコスト ギルド系アトリエの費用関数

作ったものは全て期間内に売れると仮定し(生産数=販売数)1足あたりの売価をP、利益をゼロとする。

月間の利益 0 = PX - 150,000X(VC) - 5,000,000(FC) 年間の利益 0 = PX - 150,000X(VC) - 60,000,000(FC)

この式を変形すると、以下のようになる。

P(顧客が1足に支払う金額) = 150,000 + 5,000,000(FC) / X (月間ベース) P(顧客が1足に支払う金額) = 150,000 + 60,000,000 (FC)/ X (年間ベース)

月の生産数Xが10(年の生産数が120)であれば

650,000(顧客が1足に支払う金額) = 150,000 + 5,000,000(FC)/ 10 (月間ベース) 650,000(顧客が1足に支払う金額) = 150,000 + 60,000,000 (FC)/ 120 (年間ベース)

固定費用(FC)(月間ベースで5,000,000円、年間ベースで60,000,000)は、オーナーが支出する金額の内で、一定期間内(1月、もしくは1年)に費用化する分である。

例えば、オーナーがマシン(耐用年数10年、10年後の価格は0円)のために30,000,000円支出するとしよう。すると、この30,000,000円から、毎年3,000,000円(月間ベースなら、3,000,000÷12で250,000円)費用化する。

この時、年間ベースの固定費用(FC)60,000,000円には、3,000,000円が含まれる。また、月間ベースの固定費用(FC)5,000,000円には、250,000円が含まれる。

オーナーは、マシンの購入費だけでなく、職人の年俸も支出している。例えば、ある職人の年俸が12,000,000円であれば、年俸は1年分の働きに対するものであるため、12,000,000円全額が、1年間に費用化する。

すなわち、年間ベースの固定費用(FC)60,000,000円には、12,000,000円が含まれる。そして、月間ベースの固定費用(FC)5,000,000円には、1,000,000円(12,000,000÷12)が含まれる。

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顧客の視点

詳細は後述するが、ギルド系アトリエにおいては、オーナー、職人、顧客との間で、ギルド運営に関する情報が共有される。顧客達は、生産数を絞っていること、顧客を招待された少数者に限定していること、ギルドの利益がゼロになること等を把握している。この状況は、本章2節で想定した "もしも" の状況に似ている。 10章2節『もしも、コーヒーを買う人が20人なら?』

本章2節で登場した20人の顧客達は、120円を支払う毎に、20円で容器・氷・豆を買い、100円でエスプレッソマシンの利用料を返済している感覚を持った。ギルド系アトリエの顧客達も、同様の感覚を持つ。

650,000(顧客が1足に支払う金額) = 150,000 + 5,000,000(FC)/ 10 (月間ベース) 650,000(顧客が1足に支払う金額) = 150,000 + 60,000,000 (FC)/ 120 (年間ベース)

彼らは65万円を支払う時に、プライベートタンナーのレザーやその他の材料を購入しつつ、オーナーが資金を建て替えて準備してくれた資産(職人の技術・プライベートタンナー・マシン・工房・その他設備等)の利用料50万円を返済していると考えるのだ。

革靴については、どれだけ価格が上がっても、その額は、高級車や高級時計の価格に満たない。したがって、「価格がいくらになっても良いから、とにかく品質の高い靴を」と考える靴好きは多い。

だが、自ら世界でトップの職人を雇用してアトリエを経営できる者、見返りを見込めない何千万円もの投資を実行できる者は、ほとんどいない。

そこで、以上の考えを持つ靴好きは、ギルド系アトリエに参加する。すると、オーナーが資金を建て替えて準備してくれた資産を利用できる。その利用料は、靴を購入する度に、少しずつ返済すれば良い。先の例で言えば、50万円ずつ返済するのだ。

このようにして、彼らは「真に最高品質の靴」に到達できる。

オーナーの視点

オーナーは、職人を年俸で雇用し、マシン等の設備を購入し、タンナーを買収している。前述の通り、これらの投資の目的は、金銭を得ることではなく「真に最高品質の靴」という夢の実現だ。

ただし、彼らとて、投資した分は回収したいと考える。支出した額以上の金銭(利益)を得ようと考えないが、支出した額は返ってきて欲しいと考える。

オーナーは何千万円も支出し、資産(職人の技術・プライベートタンナー・マシン・工房・その他設備等)を用意する。そして、ギルドの顧客が靴を買う度に、その資産の利用料として、返済を受ける。つまり、顧客がいることで、支出した額を取り戻し、資金を失うことなく、夢を実現できるのだ。

【補足】

投資の回収を目的として、プライベートタンナーから外部へ、カタログ製品(定常的に生産する製品)のレザーも販売する。

そのレザーは、いわゆるブランドタンナーが生産するレザーよりも、遥かにハイレベルである。ギルド系アトリエの "ビスポーク・レザー" を生産するプロセスで得られる特殊なノウハウ(特別な原皮の仕入れルート、ハイレベルな技術等)が活かされているためだ。 ビスポーク・レザー

ただし、カタログ製品とは言え、一般的なレザーと比較にならないほど高額になるため、納入先は限られる。他のギルド系アトリエや、ビスポーク専門のアトリエがメインである。

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招待制の必要性

オーナーも顧客も、共に「価格がいくらになっても良いから、とにかく品質の高い靴を」という考えで、革靴と向き合っている。共に「真に最高品質の靴」を夢見ている。

オーナーは、その夢の実現に必要な資金を、まとめて支出する。その後、顧客達が、オーナーに対して、その支出を少しずつ填補していく。オーナーにとっては、支出を填補してくれる顧客がいることで、夢を実現できる。顧客にとっては、資金を立て替えて、資産を準備してくれるオーナーがいることで、夢を実現できる。また、自身と同じように、オーナーの支出を填補する他の顧客がいることで、夢を実現できる。

すなわち、ギルド系アトリエでは、オーナーと顧客、顧客と顧客が、同じ夢に向かって相互フォローしているのだ。この相互フォロー状態は、仮にも「夢が思い通りに叶わない」という事態になれば解消される。したがって、定期的なコンセンサスが必要になる。

オーナー、顧客達は、ギルドの目標品質、それを達成するためのプラン(例えば、いかなる職人を雇用し、いかなるマシンを用いるか等)について、意見を擦り合わせる。その機会として、多くのギルド系アトリエは、年に数回程、総会を開いている。

こういった独特の関係、活動を維持するために、総会参加者である顧客には様々な資質が求められる。例えば、ギルドの機密情報を共有するために、信用が求められ、ギルドの存続意義や目標、プランについて、正しく理解するために、知性や教養が求められる。

そして、こうした資質を持ちあせた者を集める手段として、招待制というシステムが必要になる。

少数者制の必要性

目標品質や、目標品質達成のためのプランについてのコンセンサスが失われた時、つまり、ギルドのアウトプットする品質が参加者達の欲求品質に到達しない時、彼らの相互フォロー状態は解消され、ギルドは崩壊する。

繰り返し述べている通り、彼らは、「価格がいくらになっても良いから、とにかく品質の高い靴を」と考え、「真に最高品質の靴」を夢見ている。したがって、コスト制限を持たないし、完全効率的なリソース厳選のためなら手段を選ばない。例えば、高額な最新のマシンを揃えたり、世界でトップの職人を雇用するだけでなく、タンナーの買収まで行う。

それなら当然、生産数を絞る。すなわち、最上位のリソースのキャパシティに合わせて、生産数の上限を定める。仮にも、生産数がその上限を超えると、下位のリソースを追加することになる。すると、ギルドがアウトプットする平均的な品質が下がり、ギルドの靴は「真に最高品質の靴」ではなくなる。コンセンサスが失われ、ギルドが崩壊する。

以上の理由から、彼らは、招待制によって顧客を有資格者に限定するだけでなく、その数も限定する。(招待制・少数者制を施く)

真の最高品質の実現

ギルド系アトリエは、例えば、8章『完全効率的なリソース厳選』で紹介したシステムによって、完全効率的なリソース厳選を行う。また、本章で述べたように、コスト制限を持たず、生産数を最小限としている。つまり、靴の品質差を生む【コスト制限】【規模による可能性損失】【リソース採用時の非効率性】の3要素を極限まで抑えているのだ。

その結果として、現実に「真の最高品質が実現している」とのコンセンサスが得られているために、今日もギルド系アトリエが存続している。

※ コンセンサスが得られなくなった結果、消滅したギルド系アトリエもある。

補足『ギルド系アトリエの新体制』

ギルド系アトリエは、招待制・少数者制によって、特定少数者を顧客にしてきた。だが、本書の冒頭で述べた通り、2020年のパンデミックを経て、この体制が見直されるようになった。

それでもやはり、不特定多数者を顧客とすることはできない。そうすれば、様々な制約を抱えることになり、やがて「真に最高品質の靴」を追求することが不可能になるからだ。

相互フォローの関係を構築できる組織、コンセンサスを得られる組織を "一人"(会社法における法人のようなものである)の履き手とする。その "一人" に、多くの履き手が繋がり、その "一人" が代表者として、アトリエの総会に参加する。

いくつかのギルド系アトリエは、この新体制を採用することで、半クローズド・半オープンな組織運営へ移行しつつある。ギースバッハに参加するアトリエも同様であり、彼らは、当スタジオを履き手の "一人" とする。

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