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ギルド系アトリエの費用関数

ギルド系アトリエの全体像

前章では、ギルド系アトリエによる【リソース採用時の非効率性】への対処を解説した。本章と次章では、【コスト制限】と【規模による可能性損失】への対処を解説する。

ここで、前章で登場した2つのアトリエを参考に、ギルド系アトリエの全体像を明らかにしておく。

ギルド系アトリエの予算計画においては、販管費および利益をゼロとする。すなわち、売価が1足あたりの製造原価予算と等しくなる。(製造原価率100%) 1足あたりの製造原価

また、ギルドの顧客達は「価格がいくらになっても良いから、とにかく品質の高い靴を」と考えている。したがって、売価が無制限に設定され、製造原価予算が無制限になる。つまり、コスト制限がない。

しかも彼らは、前章で紹介したような特別なシステムによって、完全効率的なリソース厳選を実行する。

つまり、あらゆるリソース厳選において、理論最高レベル(無制限下で、完全効率的にリソースを採用できた場合のリソース厳選レベル)を実行する。 各リソース厳選レベルの定義 ① 各リソース厳選レベルの定義 ②

理論最高レベルを実行する場合、規模が大きくなる程、必然的に、下位のリソースの採用量が増えるため、平均的な製品の品質が下がっていく。(規模による可能性損失) 規模による可能性損失

そこで彼らは、招待制・少数者制(顧客を招待された少数者に限定する体制)を敷き、生産数(規模)を絞る。一定ラインを超えて生産数を増やすと、「価格がいくらになっても良いから、とにかく品質の高い靴を」と考える顧客達の要求品質を満たせなくなる。

以上がギルド系アトリエの全体像だが、詳解すべき点がある。

招待制という形で販売するのであれば、販管費がゼロになるのは自然なことだ。だが、なぜ利益もゼロになるのか。

生産数を絞るだけで【規模による可能性損失】に対処できる。それなら、生産数を絞りつつ、オープンにする(どんな顧客も受け入れる)システムで事足りるはずだ。なぜ、生産数を絞りつつ、クローズドにする(招待された顧客だけを受け入れる)システムが必要か。言い換えるなら、なぜ招待制というシステムが必要か。

これらの点は、ギルド系アトリエのオーナーと顧客の関係、顧客間の関係、そして彼らのマインドから説明がつく。すなわち、その特別な関係やマインドが、特殊な予算計画(販管費および利益をゼロとする予算計画)を生み、招待制というシステムを必要とする。

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会計知識の補足

本節では、次節以降の内容理解に必要なものとして、会計知識を補足する。

・生産数が少なすぎると

コンビニがコーヒーを販売する時のコストを考える。単純化のため、以下に係るコストだけを考える。

容器、氷、豆、エスプレッソマシン

容器・氷・豆のコストを1杯あたり20円とする。また、エスプレッソマシンは月額6万円でレンタルしているとする。この時、今月の販売数をXとすると、今月の費用は以下のように計算できる。

今月の費用 = 20X (VC) + 60,000 (FC)

この式のうち、20Xの部分を可変費用(VC)と呼び、60,000の部分を固定費用(FC)と呼ぶ。可変費用は、費用の内で、生産量に応じて変化する分である。固定費用は、費用の内で、生産量にかかわらず一定の分である。

コーヒーを1杯あたり120円で販売すると、今月の売上は以下のようになる。

今月の売上 = 120X

この式を、今月の費用の式と合わせると...

今月の利益 = 今月の売上 - 今月のコスト = 100X - 60,000円

この値がプラスなら黒字、マイナスなら赤字になる。すなわち、販売数Xが600より大きい時に黒字、販売数Xが600より小さい時に赤字になる。

したがって、月の販売数が600を下回ると予想できるとき、コンビニのオーナーはエスプレッソマシンをレンタルしない(コーヒーを売らない)という選択をする。

以上のように、事業が成立する上で、最低限必要な売上というものがある。つまり、一定期間内で、固定費用(FC)を回収できるだけの十分な売上が必要になる。

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費用とは

日常生活においては、「今月の費用」が、今月支払った金額を指す場合がある。会計上では、この費用概念は正しくない。会計上では、今月支払った金額のうち、いくらかは先月や来月の費用と認識すべきものがあったり、費用として認識できないものがあったりする。

先ほど登場したコンビニの例で。

エスプレッソマシンを貸し出す業者との間で、月6万円で借りる契約ではなく、年72万円で借りる契約を結んだ。そして、コーヒーを売るビジネスを1月に始め、1月に72万円を支払った。この場合、以下のように考えるのは間違いだ。

1月の売上 = 120X 1月の費用 = 20X(VC) + 720,000(FC) 1月の利益 = 120X ー 20X(VC) ー 720,000(FC)

マシンが、12か月間使えるということは、12か月間の売上に貢献してくれるということである。どれくらい貢献してくれるかと言えば、1か月あたり6万円分である。したがって、以下が正しい。

1月の売上 = 120X 1月の費用 = 20X(VC) + 60,000(FC) 1月の利益 = 120X ー 20X(VC) ー 60,000(FC)

費用とは、支出(お金を払う額)の内で、売上に貢献する分である。そして、それを費用として認識すべきタイミング(1月の費用になるか、2月の費用になるか、来年の費用になるか)は、支出のタイミング(実際に、お金をいつ支払ったか)とは、全く関係がない。

72万円をいつ支払うかにかかわらず、72万円の内で、1月の売上に貢献する分は6万円だ。したがって、1月の費用には、6万円が含まれる。そして、残りの66万円は、2月以降に費用となっていく。

損失とは

では、支出の内で売上に貢献しない分はどうなるのか。

仮にこのコンビニが、3月でコーヒー販売をやめたとする。すなわち、エスプレッソマシンは、1月から3月までの3か月分の売上に貢献した。したがって、72万円のうち18万円(6万円×3)は費用だ。コーヒー販売をやめたら、残りの54万円(72-18)は費用になれない。この54万円は、費用ではなく損失になる。

つまり、損失とは、支出のうちで売上に貢献しなかった分である。なお、損失を認識すべきタイミング(3月の損失になるか、来年の損失になるか)は、支出のタイミング(実際に、お金をいつ支払ったか)とは、全く関係がない。ある金額が、費用になれない(売上に貢献しない)と判明した時点で、その金額を損失として認識する。

費用と損失

支出(お金を払う額)の合計は、費用(支出の内で売上に貢献した分)と損失(支出の内で売上に貢献しなかった分)である。また、費用と損失を認識するタイミング(いつの費用になるか、いつの損失になるか)は、実際にお金を支払ったタイミングとは、全く関係ない。

上の例で言えば、1月に72万円の支払いが終わり、2月はエスプレッソマシンのためにお金を支払わない場合でも、2月の費用は6万円である。また、仮に72万円を3年後に支払うことになっていても、1月の費用は6万円で、2月の費用も6万円だ。そして、72万円をいつ支払おうが、コーヒー販売をやめると決まった時点で、72万円から既に費用として認識された分を差し引いた残りの分は、損失になる。

減価償却

上の例で、仮にエスプレッソマシンをレンタルするのではなく、300万円で購入するとしよう。このエスプレッソマシンは5年使え、5年使った後は価値が0になるとする。

この場合、エスプレッソマシンは、5年間の売上に貢献することになる。したがって、1年目の費用を計算する時には、300万円のうち、60万円(300÷5)だけを費用として認識する。300万円を2年前に払っていたとしても、2年後に支払うとしても、1年目の費用は60万円だ。

このように、支出を分割して、ある期間の売上に対応させながら費用として認識していく方法を減価償却と言う。

なお、もしも、1年でコーヒー販売をやめた場合には、残りの240万円が損失として認識される。300万円のうち、60万円が1年目の費用になって、240万円が損失になったのだ。

減価償却について、例えば「一気に多額の費用を認識したくないから、それを避けるための方法」といった説明がなされることがある。これは間違いだ。

ある資産を購入し、その資産がこの先数年、数十年分の売上に貢献する見込みがある場合。その資産の購入のための全支出が、最初の1年間の売上に貢献するわけではないため、1年目に一気に費用として認識してはならない。売上に貢献すると見込まれる全期間にわたって、少しずつ費用として認識しなければならない。

これが減価償却というもので、「支出の内で、売上に貢献するものが費用である」という会計上の費用概念に正しく則るための方法なのである。

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ギルド系アトリエの費用関数

以下を、費用関数と呼ぶ。

総費用(TC) = 可変費用(VC) + 固定費用(FC)

同規模の一般的な工房の費用関数

前章で登場した2つのアトリエと同規模(職人1人につき、毎月2,3足程度生産)の一般的な靴工房における、主な可変費用(VC)、主な固定費用(FC)は以下の通りである。

VC:職人の労務費、材料費(タンナーから仕入れるレザー等) FC:工房の減価償却費または賃料、少額の機械・工具類にかかるコスト

なお、この規模の工房であれば、職人の労務費は時給ではなく、1足あたり幾らかで計算するのが普通だ。

田舎にある一般的な工房を想定すると、毎月の固定費用が150,000円程度、1足あたりの可変費用(材料費・労務費)が200,000円程度になるだろう。

月間で考えると(月の生産量をXとする)

月間の総費用(TC) = 200,000X (VC) + 150,000 (FC)

年間で考えると(年の生産数をXとする)

年間の総費用(TC) = 200,000X (VC) + 1,800,000 (FC)

ギルド系アトリエの費用関数

8章4節で述べた通り、ギルド系アトリエでは、オーナーが職人を年俸制で雇用する。すなわち、職人の労務費は、生産数にかかわらず一定になり、可変費用(VC)ではなく固定費用(FC)に分類される。また、8章2節で述べた通り全工程を手作業で行うのではなく、適宜マシンを導入しており、マシンの減価償却費が固定費用(FC)に追加される。したがって、ギルド系アトリエにおける、主な可変費用(VC)と固定費用(FC)は、以下の通りになる。 8章4節『所有と制作の分離』 8章2節『マシンの最適利用』

VC:材料費(プライベートタンナーから仕入れるレザー等) FC:職人の労務費(年俸)マシンの減価償却費、工房の減価償却費または賃料、少額の機械・工具類にかかるコスト

【再掲】 ギルドとプライベートタンナーは、経済実態上同一組織である。だが、制度上、ギルドの会計では、プライベートタンナーからレザーを仕入れて、それを材料費として認識する処理が行われる。そして、プライベートタンナーの会計では、ギルドに対してレザーを販売し、それを売上高として認識する処理が行われる。

仮に、耐用年数10年、価格600万円(10年後の価値は0とする)のマシンを5台導入すれば、毎年300万円(3,000万円/10年)の減価償却費が発生し、固定費用(FC)が増大する。また、マシン導入に際しては、より広い工房が必要となり、数百万円単位で固定費用FC(工房の減価償却費・賃料として)が増大する。

さらに、職人の年俸が、固定費用(FC)を一気に押し上げる。世界でトップの職人を、複数の資産家と競って獲得した場合には、年俸が数千万円に達することもある。その金額が、職人の人数分必要になる。

なお、職人の労務費が、可変費用(VC)ではなく固定費用(FC)に分類されても、可変費用(VC)は低い水準にならない。プライベートタンナーで生産する "ビスポーク・レザー" の価格が一般的なカーフの数倍になり、それが可変費用(VC)を増大させるのだ。ギルド系アトリエにおける可変費用(VC)は、同規模の一般的な工房における可変費用(VC)と同水準である。 ビスポーク・レザー

つまるところ、ギルド系アトリエの費用関数は、『同規模の一般的な工房の費用関数』の固定費用(FC)部分が膨れ上がったものに近い。

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