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完全効率的なリソース厳選

本章の導入

真の最高品質とは、いかにして実現するのか。ここまでの議論に沿って言えば、 【コスト制限】【規模による可能性損失】【リソース採用時の非効率性】の3要素を極限まで取り払うことによって実現する。そして、それを実現する者が、ギルド系アトリエである。

彼らは、この3要素に対処すべく、様々なシステムを採用する。本章では、【リソース採用時の非効率性】に対処する3つのシステム「マシンの最適利用」「タンナーとの垂直統合」「所有と制作の分離」を紹介する。

紹介にあたっては、それぞれオーストリアとドイツにある2つのアトリエを参考にする。2つのアトリエは、ギルド系アトリエの典型であり、その他のギルド系アトリエも彼らと同様の実態にあると推測される。

本書の冒頭で述べた通り、一般的な事業者における企業秘密のようなものを保護する観点から、彼らの実態の全てをオープンにすることはできない。本書は、オープンにできること、そうでないことを見極めて解説する。

本章では、オープンにできることとして「マシンの最適利用」「タンナーとの垂直統合」「所有と制作の分離」の3つを取り上げている。これらは、彼らが採用する特別なシステムの一部に過ぎない。彼らは、オープンにできない領域で、その他にも様々なシステムを採用している。 0章2節『本書の意義』

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マシンの最適利用

革靴生産の特質の一つとして、各工程ごとに、マシンで行うか、手作業で行うかを選択できる可変性の高さがある。ほぼ全ての工程をマシンで行うことも、手作業で行うことも可能だ。そして、その選択が、品質を左右する。

有名なブランドのメーカーは、短期に大量生産する必要があるため、マシンへの依存度が高い。一般的に、マシンへの依存度が高い状態から、一部の工程を手作業に切り替えれば、品質は上がる。一部のブランドは、通常モデルの生産よりも手作業工程を増やして生産したものを、上位モデルとして販売している。

これを受けて、多くの者は、可能な限り多くの工程を手作業で行うのがベストだと勘違いする。しかし、よく考れば分かるはずだが、マシンのほうが得意な作業もあり、特定の工程ではマシンを導入すべきである。

一方、小さな工房の多くは、資金の不足を理由として、自由にマシンを導入できない。したがって、品質向上の観点からは、マシンで行うべき工程を、手作業で行っている。すなわち、有名なブランドのメーカーはマシンへの依存度が高すぎるが、小さな工房は手作業への依存度が高すぎるのだ。

後者では、追加的なコストがかけられない(非効率的事象)ために、その工程に係る技術系リソースの厳選レベルが低下している。非効率的事象

本書が参考にする2つのアトリエでは、自由にマシンを導入している。手作業で行う方がハイレベルな技術をアウトプットできる工程では手作業を選択し、マシンで行う方がハイレベルな技術をアウトプットできる工程ではマシンを選択する。つまり、あらゆる工程において、その工程に係る技術系リソースの厳選レベルを最高値にしようとするのだ。彼らは、最適解として、大半の工程を手作業で行いつつ、一部の工程をマシンで行っている。

※ どの工程でどんなマシンを導入しているかは、重要な生産管理情報である。したがって、それはオープンにできない。

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タンナーとの垂直統合

一般的に、靴メーカーとタンナーは別組織にある。その一方、本書が参考にする2つのアトリエとタンナーは、同一資本の下で垂直統合しており、実質的に同一組織にある。後者のタンナーを、一般的なタンナーと区別し、「プライベートタンナー」と呼ぶことにしよう。

一般的な形態、すなわち、靴メーカーとタンナーが別組織である形態において。

靴メーカーは、レザーリソースをそれ以上細分化して認識しない。靴メーカーは、タンナーのカタログ製品(既に存在している製品群)からレザーをチョイスし、それを用いて靴を作る。靴の企画ごとに、靴メーカーがタンナーに細かい要望を伝え、タンナーが新たにレザーを作るといったことはない。

すると、靴に対してレザーがマッチしない。簡単な例を挙げると、以下の通りだ。

アウトドアで活躍することを目指した靴に対して、タフネス(頑丈さ)を高める意図で、銀面が強いレザーをチョイスした。だが、そのレザーの硬さによって、コンフォート(長時間の歩行における快適さ)が低下した。

すなわち、レザーの特性(厚みや硬さ等)が靴の品質(タフネス、コンフォート等の機能の総和)に貢献する上で、非効率性が生じる。レザーリソースを細分化して認識しない限り、この非効率性は看過される。

※ 大規模な靴メーカーであれば、タンナーに対して、新しいカラーを追加してほしい等の要望を伝えるケースもある。だが、このケースは、タンナーのカタログに新製品が追加される形に近い。すなわち、靴メーカーは、その "新製品" をチョイスして、それを用いて靴を作る。以下に示すように、作る靴に合わせて、ビスポーク的にレザーを生産するといったことはない。

ギルド系アトリエと、プライベートタンナーが垂直統合した組織において。

ギルドは、レザーリソースを、原皮リソースと革製造の技術リソースに細分化して認識し、さらには、原皮リソースと革製造の技術リソースも細分化して認識している。この垂直統合の組織では、皮という材料を仕入れ、それに技術を施し、レザーになったものを用いて靴を作る。カタログ製品ではなく、いわば "ビスポーク・レザー" を用いて靴を作る。靴の企画ごとに、ギルドが、タンナーにおける各工程の作業や品質管理に関わり、生産する靴に合わせて原皮や鞣し方・仕上げを変えたり、原皮によって鞣し方・仕上げを変えて、新たにレザーを作る。

すると、靴に対してレザーがマッチする。レザーのあらゆる特性が、完全効率的に靴の品質に貢献する。言い換えるなら、靴の品質向上という目的に向かって、完全効率的にレザーリソースを採用できる。

※ 上述の通り、ギルドとプライベートタンナーは、経済実態上同一組織である。だが、制度上、ギルドの会計では、プライベートタンナーからレザーを仕入れて、それを製造原価中の材料費として認識する処理が行われる。そして、プライベートタンナーの会計では、ギルドに対してレザーを販売し、それを売上高として認識する処理が行われる。

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補足『何が理想的か』

革靴という製品はインテグラル型アーキテクチュアを持ち、革靴を構成する複数の要素が統合して一つの機能が生まれる。例えば、ラストの形状、革の厚み、ソールの硬さ等の要素が統合して、コンフォートという機能が生まれる。革靴という製品では、無数の構成要素が一つの機能と結びついており、無数の機能が一つの構成要素と結びついている。

参照:Abgrund der Schuhe[Simpson 1983]

したがって、パソコンのCPUを入れ替えるように、靴の企画ごとにカタログ製品のレザーを入れ替えることは理想的でない。そうすることで、レザーとその他の要素の間に不和が生じる。そのため、そのレザーによって、ある機能が高まると同時に、ある機能が低下する。すなわち、レザーの特性が靴の品質に貢献する上で、非効率性が大きい。

企画ごとに、あらゆる要素同士を擦り合わせるように(あらゆる要素の相互のバランスを取るように)調整することが理想的である。また、その調整の一環として新たにレザーを作るのが理想的である。そうすることで、レザーとその他の要素の間に不和が生じない。そのため、そのレザーによって、ある機能が高まっても、その他の機能が低下しにくい。すなわち、レザーの特性が靴の品質に貢献する上で、非効率性が小さい。

以上の点は、下記の記事で詳しく述べている。

関連記事『ギルド系 / コモンブランド ― 製品の違い』

当然ながら、この理想を果たそうとすると、製造原価が過大になる。ひいては販売価格が過大になる。その点で、一部の消費者にとっては理想的でないだろう。

多くのメーカーは、それを考慮に入れて、限られた予算内で、なるべく良いレザーを採用しようとしている。

マシンの利用についても同様のことが言える。自由にマシンを導入することは、靴の品質向上の観点からは理想的だが、販売価格が過大になる点で、一部の消費者にとっては理想的でない。多くのメーカーは、限られた予算内で、なるべく良い生産体制を敷こうとしている。

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所有と制作の分離

通常、本書が参考にする2つのアトリエと同等規模の工房においては、オーナーと靴を制作する職人は同一である。すなわち、靴を制作する職人自身が、工房の物件、制作に必要な工具や機械等を用意する。(所有と制作の一致)

だが、多くのギルド系アトリエにおいては、オーナーと靴を制作する職人は異なる。すなわち、オーナーが、制作に必要なあらゆる資産を用意し、職人を雇用するのである。(所有と制作の分離)

「所有と制作の分離」の目的

そもそも、何をきっかけにして、ギルド系アトリエというものが誕生するのか。

資産家は、世界中からアートを買い集める。絵画や彫刻であれば、その金額が数億数十億に達することもあるが、革靴の金額は100万円程度が上限だ。そのため、彼らは、有名なブランドの靴を早々に集めきってしまう。そこで、真に最高品質の靴を求めて、自ら選りすぐった職人を雇用し、彼らに制作させることを試みる。これをきっかけにして、ギルド系アトリエというものが誕生するのだ。

すなわち、資産家が職人を雇用する第一の目的は「真に最高品質の靴」という夢の実現である。だが、目的はそれに留まらない。第二の目的として、靴職人の経済的問題の解決がある。

ウェブブック『新・ブランド論』で示した通り、現代では品質の高い靴が売れるとは限らない。したがって、靴職人は、どれだけ高度な技術を有していても、経済的に成功できるとは限らない。

そこで資産家が、靴職人が技術力に応じた経済力を得られるように、彼らを適正な額の年俸で雇用するのだ。

ウェブブック『新・ブランド論』

「所有と制作の分離」の有効性

自ら工房を所有する職人は、靴の品質を高めることで、より多くの収益が得られるとは限らない。(上述の通り、現代では品質が高い靴が売れるとは限らないため。)また、メーカーに勤める職人の多くは、メーカーから十分な賃金を得ていない。こういった状況では、彼らはドーパミンを十分に放出できず、潜在した技術力をアウトプットできない。

つまり、多くの工房やメーカーでは、報酬の不足という非効率的事象により、技術系リソースの厳選レベルが上がらない。非効率的事象

対して、ギルド系アトリエでは、資産家のオーナーが職人へ適正な額の年俸を与える。職人が想定以上の技術力をアウトプットすれば、翌年以降の年俸が上昇し、そうでなければ下降する。この状況では、彼らはどんどんドーパミンを放出し、潜在した技術力を最大限にアウトプットしようとする。プロのアスリートのように靴作りに励むのだ。

つまり、資産家のオーナーが職人を雇用する「所有と制作の分離」のシステムでは、職人の技術力が完全効率的にアウトプットされ、技術系リソースの厳選レベルが上がる。

また、「所有と制作の分離」のシステムにおいて、職人とは別に、潤沢な資金を持つオーナーが存在することで、「マシンの最適利用」「タンナーとの垂直統合」といった特別なシステムを採用することが可能になる。(当然、一般的な靴職人が、自ら、自由にマシンを購入したり、タンナーを買収することはできない。その実現には、資産家の力が必要である。)

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まとめ

マシンの最適利用

各工程毎に、品質向上の観点で完全効率的な、マシンor手作業の選択を行うシステム(目的:完全効率的な技術系リソース厳選)

タンナーとの垂直統合

レザーのあらゆる特性を、完全効率的に靴の品質に貢献させるシステム(目的:完全効率的な材料系リソース厳選)

所有と制作の分離

職人の技術力を完全効率的にアウトプットさせるシステム(目的:完全効率的な技術系リソース厳選) また、「マシンの最適利用」や「タンナーとの垂直統合」等の高コストなシステムを採用するためのシステム

ギルド系アトリエは、例えば以上の3つのシステムによって、品質差を生む3要素の一つである【リソース採用時の非効率性】に対処する。

なお、本章1節で述べた通り、オープンにできることとして、これらのシステムを取り上げている。彼らは、【リソース採用時の非効率性】に対処すべく、その他にも様々なシステムを採用している。 8章1節『本章の導入』

品質ブーストとしての効率化

あらゆる靴メーカーが効率化を行っている。効率化とは、ムダを省くことだ。したがって、効率化といっても、その目的や内容は様々である。

靴メーカーによる効率化は、コスト削減を目的とした効率化もあれば、【コスト制限】や【規模による可能性損失】の強い制約下で、それなりの品質を維持するための効率化もある。

だが、ギルド系アトリエによる効率化は、真の最高品質を目的とした効率化(真の最高品質を実現する上で、ムダになるものを省くこと)である。【コスト制限】と【規模による可能性損失】を取り払い、その上で、極限までリソース厳選レベルを高めるための効率化である。すなわち、品質ブーストとしての効率化である。

次章以降では、ギルド系アトリエが、いかにして【コスト制限】と【規模による可能性損失】を取り払うかを解説する。

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