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検索できない靴店

食べログに載る鮨屋、載らない鮨屋

生産数を、ある一定ラインを超えて増やすなら、質が変化する場合。特に、その一定ラインが極めて低い場合は、知名度を抑える誘因が生まれる。

簡単な例を挙げよう。ある鮨屋には1日10人の客がやってくる。大将が1日に握れる鮨の数は10人前で、毎日10人分だけネタを仕入れている。ここで客を30人に増やすなら、弟子を新たに2人雇い、追加で20人分のネタを仕入れることになる。弟子の技術は大将の技術に劣り、新たに追加されるネタは上位10人分のネタに劣るとしたら、鮨屋が提供するサービス・料理の平均的な質が下がる。

こうした質の低下を防ぐには、客を10人に限定する必要がある。その方法としては、例えば紹介制とし、隠れ家的に運営することが挙げられる。

これ以上生産数を増やすと質が変化するという限界のラインは、そのサービス・製品を生産するためのリソース(材料・技術・設備等)のキャパシティ(利用可能量)で決まる。リソースのキャパシティ(利用可能量)が小さい程、限界のラインが低くなり、リソースのキャパシティ(利用可能量)が大きい程、限界のラインが高くなる。

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すなわち、"大将" レベルの技術(キャパシティ:10単位)ではなく、鮨マシーンレベルの技術をリソースとするなら、一日に何百人の客が来ても、同じ質を維持できる。何百人という限界ラインまでは、質の変化を気にせず、どんどん消費者を集めればいい。このように、キャパシティが十分大きいリソースを用いていれば、知名度を抑える誘因は生まれない。

多くの人は、優れているものは有名、有名なものは優れていると思い込んでいる。だが実際には、本当のトップが無名、下位層が有名、ということが多い。それが当てはまるものの典型は、鮨屋であり、タンナーや靴メーカーである。また、多くの人は、全てはネット上にある、ネット上にあるものが全てだと思い込んでいる。これも間違いだ。

タンナーや靴メーカーにも、Googleで検索して出てくるものと、そうでないものがある。食べログに載っている鮨屋、食べログに載っていない鮨屋があるように。

検索できない靴店

革靴の質を決めるポイントを大雑把に区切る。原皮生産においては、気候、食糧、子牛へのストレス、年齢、保存方法など。革製造においては、設備の能力、薬剤、各工程の作業時間、各工程の技術など。革靴生産においては、ラスト、パターン、各工程の技術など。

高品質を追求するほど、以上の各ポイントがさらに細分化され、その全てで高得点を追求することになる。すると、あらゆる種類(例えば、土地・材料・技術・設備等)のリソースについて、より上位のリソースを選択することになる。いわゆる高級靴の生産においては、上位のリソースである程キャパシティが小さいため(この点については後に詳しく説明する)これ以上生産数を増やすなら品質が変化するという限界のラインが低くなる。

仮に、そのラインを超えて作ろうとするなら、必然的に下位のリソースを追加採用することになる。例えば、別の土地からも子牛の原皮を仕入れ、新たに別の職人を雇用することになる。そして、その時には、製品全体の平均的な品質が低下する。

欧州には、既納客からの紹介を必要としたり、名前や看板を一切出さない靴店が存在することは知っているだろう。彼らはプライベートタンナーと連携し、非常に細かい要望(例えば、原皮の産地等)を叶えてくれることも知っているだろう。だが、なぜこういった形態をとっているのかは知らないはずだ。

彼らの生産体制においては、リソースのキャパシティが極小で、これ以上生産数を増やすなら品質が変化するという限界のラインが極めて低い。そこで彼らは、顧客を少数に限る。その手段として、招待制で運営したり、あえて名前や看板を出さずに運営しているのだ。

※ 名前や看板を出さない運営形態は、形式的には招待制ではないが、実質的には招待制である。

このような招待制の靴店(実質的に招待制の靴店)が、「ギルド系アトリエ」と呼ばれる者である。彼らは招待制を施くため、Googleで検索しても彼らの実態を知ることはできない。

本書が、彼らの実態や、いかにして彼らが存続しているかを解説する。

【補足】ギルドという言葉は、単に集団や組織を指す言葉として使われることも多い。語感や印象が好まれ、そういった使われ方をするのだろう。しかしながら、この言葉は、元来的には、技術や利益等の維持を目的とした集団や組織を指す。「ギルド系アトリエ」は、高品質維持のための組織であり、元来的な意味での "ギルド" である。

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「厳選」という言葉について

ここまでの内容は、以下のようにまとめられる。

ギルド系アトリエは、最高品質の靴を作るため、リソースを厳選している。そのリソースを用いて作れる靴の数には限界がある。そのため、彼らは顧客の数を限定し、その方法として招待制という形態を取る。

靴が好きな人であれば、既に似たような内容を何度も聞かされているはずだ。多くのブランドが以下のように言っている。

「われわれは厳選された素材を使っていて、厳選された職人だけに仕事をさせている。したがって作れる量に限りがある」

この業界では「厳選」という言葉が、その定義や程度等を曖昧にしたまま多用されている。しかしながら、本書では「厳選」という言葉を曖昧に使用することを避けたい。

まず「厳選」をモデルを使って厳密に定義する。その上で、ギルド系アトリエが、いかにリソースを厳選しているのかを解説する。

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