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日本型ケアの背景

前章で、日本型のシューケアについて言及した。ここでは補足として、その背景について述べる。

英国の靴観・東欧の靴観

英国において高級とされる革靴は、貴族が室内の社交場で愛用した靴を源流とする。英国の高級靴は、いわゆるドレスシューズであり、タフネス(頑丈さ)やコンフォート(長時間の歩行における快適さ)を追求するものではない。その一方で、カントリーシューズは労働用の靴を源流とし、タフネスやコンフォートを追求する。

英国靴ブランドは、60年代から70年代にかけては、当時のアメリカ靴に対抗して、ドレスシューズにカントリーシューズの仕様を取り入れた靴を量産した。しかし、そういった靴は高級品として定着せず、結局は、ドレス(見た目の美しさ)に傾倒した靴が高級品であり続けた。それは現在まで不変である。

英国の高級靴は、基本的にドレスを追求するものだ。

対して、東欧靴圏(ドイツ、オーストリア、ハンガリー周辺地域)において高級とされる革靴は、ハンドメイドの軍用靴を主な源流とする。

東欧靴圏では、軍用靴生産で腕を磨いた職人が上流階級向けの靴を制作した。彼らは、軍用としてタフネスとコンフォートを追求した靴をベースに、ドレスのテイストを加えてブラッシュアップした靴を制作した。それが高級品として定着した。

東欧靴圏の高級靴は、基本的にドレス・タフネス・コンフォートの目的を三位一体に追求するものだ。

英国においては、高級靴(ドレスを追求する英国の高級靴)と、そうでない靴をシチュエーション毎に細かく履き分ける。対して、東欧靴圏においては、高級靴(3つの目的を三位一体に追求する東欧靴圏の高級靴)を、あらゆるシチュエーションで履く。

【補足】東欧靴とは、そのルーツが、ドイツ、オーストリア、ハンガリー周辺地域にある靴である。地理上の分類で「東欧」とされる地域で生産される靴のことではない。なお、本書では、ドイツ、オーストリア、ハンガリー周辺地域を東欧靴圏と呼ぶ。

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英国流のケア・東欧流のケア

英国では、英国の高級靴に合わせて、以下のようなケア方法が成立した。

屋外で履くことを想定するなら、あらゆる物理的化学的な作用(体重による負荷、擦れや傷、紫外線、水分油分の出入り等)に対処すべく、保革ケアが重要になる。だが、貴族が室内の社交場で履くことを想定する場合、保革ケアは重要ではない。それよりも、装飾品として活躍させるために、化粧ケアが重要になる。

貴族は靴のケアを主に使用人に任せたが、ケアは着用したままで行われることが多かった。その様式において、使用人は、手際よく靴を光らせることが求められ、ある種の娯楽として貴族を喜ばせる手つきを見せることが求められた。そのための用品として、今日売られているクリームやワックス、ブラシ等の原型ができた。

やがて、高級靴が貴族以外の者にも愛用されるようになると(すなわち、屋外でも愛用されるようになると)化粧ケアもしつつ、ある程度の保革ケアもできるクリームが登場した。

ただし、前章で述べた通り、消費者にとっては保革ケアの効果よりも化粧ケアの効果の方が認識しやすいため、そういったクリームも化粧能力に重きを置いていた。また、クリーム自体は変化しつつも、クリームを塗ってブラシで擦るという様式は、現在まで不変である。

英国では、一つのクリームを用いて、保革ケア・化粧ケアを同時に行うことが一般化した。(実態としては化粧ケアに偏っている)

東欧靴圏では、古くから、高級靴はアウトドアでも履かれるものだという通念があり、高級靴に対して保革ケア(オイルや保湿剤を浸透させる様式のケア)が施されてきた。やがて、それに加えて、英国流のケア、すなわち化粧重視のケア(クリームを塗ってブラシで擦る様式のケア)も施されるようになった。

東欧靴圏では、保革ケア・化粧ケアを別個に行うことが一般化した。

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日本の靴観

以下、ウェブブック『新・ブランド論』5章からの抜粋である。

今日、高級靴と呼ばれているものは、バブル期に日本で一般化した。その契機は、大手セレクトショップによる英国靴のプッシュである。当時は今以上に流通業者とメディアの関係が密であり、雑誌等も一体になって英国靴をプッシュした。日本の消費者に対して「高級靴と言えば、英国靴である」と印象づけたのである。大半の者が高級靴というものをよく知らない状態だったため、その効果は強力だった。効果は何十年と続き、現在でも日本では英国靴が人気である。

以上の歴史から、日本における英国靴、英国靴ブランドの影響力は非常に大きく、日本で一般的な靴観は、英国の靴観に等しい。

したがって、日本では、高級靴のことをドレスシューズと呼ぶ。人々は「高級靴であれば、ドレスシューズである」と考えているのだ。そして、英国流のケアが、日本型シューケアとして一般化しているのだ。

一部の靴好きは、靴が悪くなることを恐れ、一番手、二番手の靴を多用せず、三番手、四番手の ”どうなってもいい靴” を多用している。日常的に着用することを意図する場合でも、英国の靴観に従って、靴を選び、靴を扱っているためだ。

日常的に着用することを意図する場合、東欧の靴観(高級靴に対し、ドレス・タフネス・コンフォートを三位一体に求める靴観)に従うべきだ。高級靴にはドレスシューズではないものがあることを念頭に置いて靴を選び(すなわち、東欧靴圏の高級靴も選択肢に入れて靴を選び)保革ケアと化粧ケアを別個に行うのだ。

【補足】もちろん、英国靴が東欧靴に劣るということではない。 英国の高級靴はドレスを極めており、フォーマルなコンテクスト(コーディネート、場所の雰囲気)との相性の良さにおいては、最も優れている。

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