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第三の差と靴の取り扱い

仮にも、同じモデルで、全く同じ個体が複数存在するとして(第一の差、第二の差がない靴が複数存在するとして)それを別の人が取り扱えば、異なる靴になっていく。履き手の取り扱いの巧拙によって、新たに差が生まれるのだ。これが第三の差である。

第三の差を考慮した靴の取り扱い

価値が下がるのを防ぐ

つまり、扱う人によって、靴は良くも悪くもなる。そして、現状では靴を悪くする人が大半であり、世の中のほぼ全ての靴が、どんどん価値を下げていく。それゆえ「革靴というものは、新品からどんどん価値が下がるものだ」と信じられている。

シューケアの目的は、悪くなるのを防ぐこと(ネガティブな要因への対処)と、良くすること(ポジティブな要素の追加)に分別できる。さらに、 良くすることは、一時的に良くすること(今日のコーディネートで綺麗に見せること)と、恒常的に良くすること(美しくエイジングさせること)に分別できる。

悪くなるのを防ぐという目的を果たすのは、主に保革ケアである。ここでの保革ケアとは、革内部の繊維から古い油分や不純物を取り除き、適切な種類・配合の新しい油分を適量行き渡らせ、保水能力を適度に維持することである。

この保革ケアと靴の表面を光らせることは、ほぼ無関係である。いくら革の表面が綺麗でも全く保革できていないことがあり、反対に、革の表面が曇っていても十分に保革できていることもある。したがって、シューケアは、保革ケアと化粧ケア(一時的に良くすることを目的として、靴の表面を光らせること)で分けるべきだ。

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だが、日本で一般的なシューケアは、保革ケアと化粧ケアを同時に行おうとする。ケア用品は総じて「革に栄養を与えつつ、光沢を与える」と謳っている。

保革ケアの効果は一部の者にしか認識できないが、化粧ケアの効果は誰もが認識できる。革内部の繊維に適切な種類・配合の油分が適量行き渡り、保水能力が適度に維持されているかは、経験豊富な者にしか判断できない。だが、靴の表面が光るようになったかどうかは、誰でも容易に判断できる。そして多くの者は、表面が光るようになったら、何となく革に栄養を与えられた(保革ケアもできた)と錯覚してしまう。

そのため、例えばケア用品のレビューでは、表面が光るか否かについての言及が大半になり、革内部の繊維の状態が良くなるか否かについての言及は僅かである。そして、誰もがぱっと見で効果を感じる(簡単に光沢が出る)化粧能力の高い製品が売れる。いくら保革能力が高くても、化粧能力の低い製品は売れない。したがって、メーカーは化粧能力を重視した用品を供給する。

したがって、日本型のシューケアは保革ケアと化粧ケアを同時に行っているとしつつも、実態としては、かなり化粧ケアに偏っている。大半の消費者は、保革ケアもできていると錯覚しているが、実際には、保革ケアが疎かになっている。そのため、世の中のほぼ全ての靴がどんどん悪くなっていくのだ。

第三の差を優位に取るためには(扱い方によって、革靴に新たな価値を蓄積させるためには)まず、靴の価値が下がることを防がなくてはならない。そのために、日本型のシューケアをやめ、保革ケアを単独で行うべきである。

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価値を上げる

靴の価値が上がるとは、新品の靴が持っていない特別なオーラ、いわゆるエイジング・パワーを纏っていくことだろう。例えば、柔らかくなるべき部分が柔らかくなり、硬く残るべき部分が硬く残る造形のコントラストと、色が薄くなるべき部分が薄くなり、濃くなるべき部分が濃くなる色彩のコントラストが美しく出ることである。

造形のコントラスト、色彩のコントラストを美しく出すためのテクニックは多い。例えば、皺入れ、オイルアップと日光浴、ツリーのローテーション使用、顔料クリームと染料クリームの使い分け等である。だが、こういった数多のテクニックは補助的なものに過ぎない。

完璧な保革ケアによってゼロリスク状態を維持したまま、日常使用することがメインなのだ。すなわち、保革ケアはシューケアの3つの目的のうち「悪くなるのを防ぐこと」を果たすだけでなく「恒常的に良くすること」も果たすのだ。つまるところ、第三の差を優位に取るための方法とは、とにかく保革ケアを徹底的に行うことである。

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靴を取り扱う際の心得

保革ケアやその他のテクニックの手順については、他のメディアで紹介しているため、ここでは、靴を取り扱う際の心得について述べたい。

2章2節において。例えば「この革質ならば、こうなった」という実例を自分の中にストックし、それをリソースにして、目の前にある靴が持つ可能性(良い靴に育っていくか、悪い靴に育っていくか)を見極めるように靴を選ぶ、と述べた。選んだ後の取り扱いにおいても、それと似た意識が必要だ。 2章2節『第二の差を考慮した靴選び』

われわれは、あらゆるもの、あらゆる状況に適用可能な定石(マニュアルのようなもの)を求める。例えば、羽根の開きが何ミリなら正しい、このクリームを使えば間違いない、という定石を求めるのだ。

だが、革靴を扱う上では、そういったものは存在しない。モデルやコーディネート上の意図によって、相応しいフィッティングは異なり、革質や革の状態、気候によって、必要な成分は変わる。それにもかかわらず、定石を知ったつもりでいれば、それが失敗に繋がる。

革を見て、触り、嗅いで、「この成分がこれだけ足りていないから、これくらい注入しよう」と考える。それを実行した結果、どう変化し、どう経過したかを何度も観察する。この経験と、目の前の靴から感じ取れるものを掛け合わせて、個別具体的に必要なケアを決める。これを繰り返すことによってのみ、本当に良い靴にたどり着ける。

革靴を扱うことは登山に似ている。登山にも定石はない。登山は、自身の経験と五感で感じ取れるものを掛け合わせながら状況に対処していくプロセスであり、その先に最高の景色がある。

仮に、万能なシュークリームや、万能なシューケア方法があったとして(もちろん、そんなものはないが)それを求めることは、舗装された道で山頂を目指すようなことであり、醍醐味を捨てることである。

長年かけて育てた一足や山頂の景色を眺める時、特別な達成感を得られるが、この醍醐味は道なき道を辿って来たからこそ生まれるものだ。

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